鮎川哲也は大好きな作家なのですが、まだ数冊未読があります(大したことないミステリーファンだなー)。その中の一つ「風の証言」が興味深い形で再刊されました。
鮎川哲也は元々、短編や中編を再構成して長編化することが多く、それにまつわる面白い逸話がたくさんある作家です。例えば、久々の長編として出版が待たれていた「白樺荘事件」は、著者逝去のため幻となりましたが、それも「白の恐怖」という短めの長編を大幅改稿した作品でした。
「白の恐怖」はそのために再刊されずに長らく幻の作品でした。
少し前にその「白の恐怖」と未完の「白樺荘事件」が一冊になって出版された時は、結構な話題になりました。
「風の証言」には元ネタとなる作品が2作あります。「時計塔」と「城と塔」です。
今回の復刊では、この2短編が一緒に収録されているので、資料的にも興味深い一冊です。
しかし、自分にとって重要なのは今作の主要な舞台が、長野県それも上田市およびその周辺であったことです。
松尾町、海野町、大屋、と言った地名がぞろぞろ出てきます。
別所、信州大学繊維学部、小諸市なども。
1960年代後半の風俗の丁寧な描写によって、自分の幼い頃の地方都市の風景が浮かんできます。そこを鮎川作品の主要キャラ、丹那刑事と鬼貫警部が歩く姿はそれだけで嬉しくなってきます。もっとも、この二人は基本的に一緒には歩きません。丹那刑事が徹底的に調べても犯人のアリバイが破れず、鬼貫警部がもう一度それをたどり直して、僅かな犯人の瑕疵を見出す、というのが定番の流れです。
鮎川作品の中では決して評価の高い作品ではありませんが、そんな意味でとても楽しみました。
ただ一点残った疑問は、大屋付近にあったと言うことになっている「北信女子短大」。
これは完全な虚構の学校なのか。それとも何か元ネタがあるのか。